3月11日を迎えて

公開日:  最終更新日:2015/03/18

 

4年前の今日は、金曜日。

その時を迎えたのは、ビッグサイトで開催されている展示会に向かうりんかい線の車中。

国際展示場のひとつ手前、東雲駅に到着するやいなやの14:46 に、M9.0 の揺れがやってきた。

激しく揺れる駅舎と電車。

おそらく今生きている人たちのほどんどが、経験したことのない地震。

 

他の災害との決定的な違いは、本当に「いきなり」やってくるところ。

 

多くの方々がいろいろな場所で、いろいろなシーンで、それぞれの被災体験をされただろうし、

その度合いはさまざまだとしても、それは個々の心に刻まれているはず。

 

自然災害の厄介なところは、「もう2度と起こりませんように!」と祈っても、必ずまた起きること。

必ず起きるのであれば、私たちにできることはただひとつ…

 

「その日のために備えること」しかない。

 

しかし、「その日」はいつやって来るかわからない。

起きる前に何ができるか? 何をしなければならないのか?

 

そして今日、あらためて考える。

私たちや私たちの仕事が、どんな役割を果たすことができるのか?

 

20年前、神戸に住んでいて阪神淡路大震災に遭遇した時のエピソード。

携帯電話も今ほど普及しておらず、まさに何が起きたかわからない真冬の未明。

液状化によってもうもうと立ち昇る水蒸気の中から、ケガをした人たちが集まってくる。

 

電気も水もガスも、ライフラインがすべて止まった状況下で、

それでも近所の小さなスーパーマーケットは、午後には店を開けた。

 

そしてその後、誰よりも早く神戸の地に乗り込んできたのは、当時ダイエーの社長だった故中内功さん。

ダイエーをはじめ、当時は傘下だったローソンにも店を開けよ! と号令。

売るものがなくても、灯りを点けろ! とおっしゃったとのこと。

 

「その日のために備えること」

これは決してハード面だけの話しではなく、

 

それぞれが「その日にできることをイメージすること」なのかもしれない。

 

そして今日は、「イメージしてみる日」 にしなければならないような気がする。

 

 

 Nofuji.

 

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